思索、というより少し自分の心をつっついてみる

眠れない夜は思索にうってつけである。思索といっても、何も難しいことではない。ただ、考えが手を伝わり、文字となるのを妨げないだけであるように思える。

多くの人がまだ気づいてないと思うことになるべく気づいて、論理を構築し、説得的に伝えること。それとは別に、新しい情報をなるべくたくさん伝えること。その際、点と点を繋げる線を忘れないこと。どんな事柄にでも、線を繋げること。そしてこれが一番難しいことだが、線がうまく繋がらない情報を捨てたりしないこと。そうすると、線が恣意的になり、決定的なところが抜け落ちることになるからである。

姪が生まれた。姪の美しさもさることながら、姪を迎える家族の心の温かさに、家族のあるべき姿、人が人として生きるために必要な糧としての家族の大切さがとても心を打った。

エーリッヒフロムの言葉を思い出している。真の意味で人を愛するには、自分の人格を発達させそれが生産的な方向に向くよう全力で努力しなければならない。

血が繋がっているから無条件に愛する、ということではない。自分の人格を発達させたからこそ、愛する努力をしているからこそ、愛しているのである。自らの心が乏しい人に、人は愛せない。得てしてそういう人は愛を誤解している。

心を温かさでいっぱいにして、愛している家族の姿に、自分は幸せな家庭にいる、そう思った。同時に、自分も愛することができる人格者でありたいと願った。

まだ眠れていないのは、心がぽかぽかと温かすぎるからであろう。まだ話せもしないのに、姪は実にたくさんのことをすでに教えてくれている。感謝でいっぱい。

恩師への葉書を書きながら思った。伝えたい感謝の気持ちが多すぎると、ただでさえ小さい葉書の余白が、どんどん小さくなっていって、終いには何も恩返しできていない自分まで小さく感じ初めてしまう。

今の自分の思考が産声をあげたのは、先生の講義であり、先生の著書であった。出来損ないの弟子であることは仕方ないにせよ、せめて最大限の感謝の気持ちは伝えたいというわがままがあるわけで。とりあえず社会に少しでも影響のあるような真っ当な経済分析家になることが、一番だと思って頑張ってはいるのだけれど、時々、やっぱりどうしても自分が小さく感じちゃうんだな、これが。

早く寝て明日も頑張ろう。おやすみ。

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